思想家の人物研究について 20200707

 思想家の人物像をたどることは、その人物の思想をより深く理解するうえで重要なことなのだろうか。

 少なくとも私は人物像に入れ込んでいく気にはあまりなれないタイプである。そもそも、思想家を研究するのではなく、思想を研究するのである。その過程で人物をより深く理解する必要性が生じることもあるだろう。しかし、目的は人物を知る以上に、その人物の思想を知ることにある。

 私は、歴史上の有名な思想家の思想に興味を持ったからと言って、人物研究などあまりやってみようとは思わない。茶化して言えば、その思想家の好きな食べ物は何であったとか、どんなタイプの異性に惹かれたかなど、そんなことはどうでもいい。              

 たとえば、大まじめに西洋のある思想家と聖徳太子を比較研究するなど、それは作業としては成り立つ仕事であるかもしれない。だが、この二人はどこが共通し、どこが食い違っているかなど論じてみても仕方がない。もし、かろうじて論じる意味を見い出すすれば、その二人の差異から何らかの知を浮き彫りにできるかどうかということでしかない。要するに一方は茶漬けを食べたが、もう一方は茶漬けではなくサンドイッチが好物だったと述べたところで、何ら意味をなさないのだ。

 思想を学ぶとき、そこにいる主人公は対象となる思想家ではない。主人公は誰でもなく、まさに思想を学んでいるその人本人である。たとえば、「私」自身である。私が私を形成するために他者から思想を学ぶのである。そして、世界中の誰でもない、ただ自らにのみありうる思想の軌跡と系譜をたどるのである。他者の思想が「私」を形成してくれることもあれば、反面教師としての役割に回ることもある。そして、最終的には「私」はどう思うかでしかない。「私」の思想はただ「私」のものでしかない。

 かつて唐突に「いま君は何を研究しているのかね?」というような質問を受けることがあった。そんなとき「いやあ、ゲーテですよ」とか、「キェルケゴールです」とか、「ヴィトゲンシュタインです」などと答えたものだ。そんなふうに返せば、それなりに場が持ち、それなりに勉強や研究をしているかのように思ってもらえたのだ。だが、考えてみれば、問う方も問われる方にとって、これほど杜撰で無意味な受け答えはない。要するに、人生の中で何を真剣に考えているのかという点はどこかに放り出していても、思想家の名を出せば、学問をしているかのように格好がつくというだけのことだ。問題は思考の流れにおいて、いま何を考察しているかであり、その都度、有名人の思想家など必要ではない。

 私もいい歳になってしまった。だから、際限ない人物研究などで、人生の時間をつぶす気はない。また、大学で教えていた頃は、正直なところ、受けを狙った研究テーマをゼミの課題とすることもあった。だが、今はそんなものでメシを喰っているわけではない。よって、際限のない人物像への趣味的研究などする必要もない。

 いまや私にとっての問題は、自らの人生をいかに閉じうるかであり、閉じうると思えるような思想の系譜の最終章にいかに到達するかである。申し訳ないがいま私は考え中なのだ。もう少し待ってくれと言っても、死は向こう側からやってくる。

 ところで、ふと、いまキェルケゴールの言葉を思い出した。「私にとって真理であるような真理を発見し、私がそれのために生き、そして死にたいと思うようなイデー(理念)を発見することが必要なのだ。」

 こんなことを言ったキェルケゴールは若くして世を去った。彼にとって思想とは自分と向き合うことであったに違いない。しかしその割には、結構目立ったことをしでかした人だとも思う。レギーネ・オルセンへの婚約破棄やら、その後の煮えきれないとも思えるレギーネへの慕情など。また、晩年の「瞬間」闘争にしてみても結構目立っている。彼は自分が人物研究の対象となりたいと思っていたのかもしれない。それが証拠とまでは言えないが、「やがて世界中の学者が自分の日記などをくまなく研究する日が来るだろう」という意味のことを記していた。おもしろいことだ。本当にそんな彼の一文が後に見つけられたからこそ、この言葉を話題にできるのだ。私など、日記にそんなことを書きまくっておいても、やがてゴミとして捨てられるだろうから、書いたことが何ら問題でも大ほら吹きということにもならない。       

 いまや、キェルケゴールの人物研究はたくさん存在する。何を読んでも、私にとって学びの対象と目的は思想であり、思想家ではない。それだけは自分にとって明確なことである。  (堀 剛)


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