「われ思う、ゆえに我あり」への疑問 20200602

       堀 剛

デカルトは「方法序説」、「省察」にて「我思うゆえに我あり」と述べた。「省察」では「「私は在る、私は存在する」Ego sum, ego existoという命題は、私がそれを言い表すたびごとに、あるいは精神で把握するたびごとに真である、と」(p.45)述べられる。

しかし、デカルトのこのような推論は客観性を持つものではなく、デカルト個人の思惟の中で自己の存在確認を行っているに過ぎない。そこから一歩出て、他者との関係構造の中で自己が実体的に存在するとは一言も語ったことにならない。

更に「省察」を見てみよう。p.47「私は在る、私は存在する。これは確かである。ではどれだけの間か?すなわち私が考える間である。というのも、もし私がすべての思考をやめるなら、その瞬間に私が在ることをまったく停止する、ということがおそらくありえるからである。」彼の言葉から分かるのは、「私が考える間」のみそれは確かなのである。すると、それは他者との関係において「私(デカルト)」の自我が存在することを示すものではなく、デカルトの精神において、彼の思考が彼自身に関係するところの関係として「私」がそこにいるということを述べているだけである。彼自身の意識においてのみ「彼」の自我が存在すると表明しているのである。このようにどこまでも自己との対話として、自己の存在確認を行おうとしているに過ぎない。

それゆえ、彼は次のようにも言う。p.48「私は、私が存在することを知っており、私が知っているその私とは何かを探求しているのである。」すると、すべての思惟が彼の思惟から一歩たりとも外部に踏み出しているものはない。自己が自己に対して存在確認を行う思考作業は内的なものとして論じられ、そこで使われる思惟の言語はどれも私的言語と言わねばならない。彼がどう思うかは誰にも分からないし、人は他人の心を直接的には了解できないのであるから、その思惟の存在すらも他者に自動的に伝わることはありえない。よって、「我思う、我あり」はデカルトの精神内部での事柄ということになる。

ところで、ヴィトゲンシュタインは私的言語について「哲学探究」の中で次のように述べる。
「他人は誰も理解しないが、わたくしは<理解しているように見える>音声を、ひとは「私的言語」と呼ぶことができよう」(PU269)
あるいは、音声言語に限らず、次のようにも言われる。「しかし、誰かが自分の内的体験--自分の感じ、気分など--を自分だけの用途のために書きつけたり、口に出したりできるような言語を考えることもできるのだろうか。--はて、われわれは自分たちのふつうの言語でそうすることができるような言語を考えることもできるのだろうか。--はて、われわれは自分たちのふつうの言語でそうすることができないのか。--だが、わたくしの考えているのは、そういうことではない。そのような言語に含まれることばは、それを話している者だけが知りうること、つまり直接的で私的なその者の感覚、を指し示すはずなのである。それゆえ、他人はこの言語を理解することができない。(PU243)」

彼の言うように「直接的で私的なその者の感覚、を指し示す」というのが私的言語の本質であるとするならば、私的に思考の中で使用される言語もまた私的言語である。たとえば、人は自分の言語で思考するし、時にバイリンガルならば、そのどちらかの言語、あるいは時には両方で思考するのである。言語なくして思考はない。言語がなければ、それは直観と呼ぶべきである。だが、それは人の外部に何ら尺度や座標を見出さない表現なのだとすれば、人はヴィトゲンシュタインの次の主張に同意せねばならい。

「私は、その正しさ(Richtigkeit)についての基準(Kriterium)を持っていない。そこで人は言うかもしれない。私にとっていつも正しいと思われるものが正しいのだ、と。そして、このことは、ただ、このケースでは〈正しい〉ということについて語ることができない、ということだけを意味しているのである」(a.a.O.)

少し唐突に思われてもご容赦願って、説明のために私の詩を使わせていただきたい。

 

UFO

堀 剛

アンカレッジ到着三分前
もう氷河や自動車すら見える高度だ

雪の大地に
確かな光体を見たのだけれど
「見た」という「事実」について
「フラッシュのように光を放ち移動した」と
語ってしまえば終わりだ

かかわる形容詞がない
動詞も
述語がないのだとしたら
あらゆる事実は方向を失う
僕らに

「見た」僕はありえても
見られたものが存在するなどと
とても言えない気がして
僕の行為は確かに存在したなどと
言い切るだけで終わっていく
一九八八年一月十五日
大阪発AF273

あるいは
世界とは方向のない「事実」だった
などと
僕は言いたくはないのだけれど

 

これは実際に私が着陸前のジェット機の窓から大地を見た時に、見えたものについて書いたものである。この詩は私的言語ではないと言いたい。しかし、その事実を確認する標識のようなものがない。あっても、それは未確認な物体(UFO)なのだ。ヴィトゲンシュタインは次のように言う。
「本来、私的な体験について本質的なことは、本来、各人が自分固有の標本を持っているということなのではなくて、他人もこれをもっているのか、それとも何か別のものを持っているのか、誰も知らない、ということなのである」(PU272)

私的言語には、指し示す共通項としての何らかの記号が存在しないのである。例えば、何を論じているかが欠落するのである。それはヴィトゲンシュタインが歯痛について語るのと同じことである。いかなる他者の痛みの表明も、痛みそのものとしては誰一人感じることはできないのである。歯が痛いということについて実際の痛みとしては伝達できないのである。彼に伝達されたとすれば、それは発語される者がそれまでに経験した歯痛を思い起こすことによって発語者の歯痛を想像しているのである。

(キェルケゴール的に言えば、これこそ直接的伝達ではなく、間接的伝達に相当する。また、このことはヴィゴツキーの内言との関係でも考察がかのうである。)

なお、「方法序説」での言い方は、我思うゆえに我ありとして、我が存在することを他者に対する関係においても表明していると言わんばかりである。これは私的言語をあたかも無理やり伝達の言語としてしまっているのである。さらに、デカルトは「方法序説」で、自我存在の根拠として神は欺かないというドグマを利用する。だが、ドグマそのものにまで踏み込んで論証をするのでなければ、我ありを論証したことにはならない。

また、「我あり」と言い切ったところで、当の「我」とは何かという点は十分に論じられてはいない。他者との関係において「我あり」と言い得たわけではない。また、そのような「我」を探求する思索が発語者において行われているかどうかも、発語される側は直接的に理解することができないのである。デカルトのコギトは極めて唯我論的と言わねばならないはずだが、コギト発見お後の神の存在をタテにとったあたかも唯我論を超えているかのように、事柄が展開されているにすぎない。よって、「省察」においては「私は、私が存在することを知っており、私が知っているその私とは何かを探求しているのである。」p.48と付け加えている。私とは何かを私自身がまだ言い得ていないと表明せざるを得なくなっている。

デカルトの哲学について、キエルケゴールは少し異なる点を指摘している。 Cogito ergo sum. ( ⅩⅠ204)「この文面から察する限りでは、キェルケゴールはデカルトのコギト「我思う故に、我在り」について、我思うゆえに我在りという意味を、人間存在が我思うというだけで、自己を存在可能にせしめるものであるから、そこには神の存在はいっさい介在しないことになると考える。それゆえ、デカルトの哲学は氾神論であるとして退けるのである。また、もし、我ありが正しいとすれば、逆に神の存在が証明されることになるのだとすれば神は人間の思惟以下のものとして措定されたことにしかならない。この点について、キェルケゴールは批判的である。

次に、E・フッサールはデカルトのコギトについて、次のように述べている。

“Without doubt there is cogitatio, there is, namely, ….(E.Husserl, The Idea of Phenomenology, p.2)。コギタチオは人間の認識を成立させるものとして、絶対的なものであるとフッサールは考える。だが、フッサールはコギタチオでさえも、現象学的還元(Phenomenological Reduction)が必要とされていると考えている。(ibid, p.5) “pure basic question” : How can the pure phenomenon of cognition reach something which is not immanent to it? How can the absolute self-givenness of cognition reach something not self-given and how is this reaching to be understood? (ibid, p.5)。

フッサールの場合は、現象学的な事実と心理学的な事実が区別される。”perception and any other cogitatio, so apperceived, is a …”(ibid,p.34)

フッサールは神についての認識はエポケー”εποχη”の原則下に置かれるべきだと考えている。心理学的な事象として取り扱われる。現象学的還元によって、”Or by the “Phenomenological reduction” in which we attain an absolute datun that nolonger presents anything transcendent.” (ibid, p.34)

これによって、認識は純粋な現象に到達するという。これによって、フッサールはデカルトの考え方から現象学的還元によって神についての言説を省略することを試みたのである。すると、純然たる「我あり」が残るのである。その時、如何なる認識も人間の精神の中に生起するのであり、現象学的還元によって、認識は認識自らの境界の中に置かれることとなる。

また、フッサール的には人間の認識が成立する時には、観察される客体と観察する側の観察結果(認識)とが、どこまで的中しているのかを我々はどのようにして計ることが出来るかが、一つの問題となる。それゆえ、現象学的還元が必要となる。その意味で、デカルトのコギトは自己の存在自らを疑っているところから出発するのであるから、認識客体の現象把握よりも、主体である自己に目を向けたものである。その結果として、疑い得ないものとしての「私はいま疑っている」ということと「我」を見出したとしか述べていないのである。そこから非自己である神存在へと論証が向いてしまうことは論証自体が飛躍していると言わねばならない。その意味ではデカルトは自己への内在的存在と超越的存在の区別を欠いているとも言える。よって、キェルケゴールがデカルトを汎神論的だと言うことになるのだと思われる。

今やわれわれは、デカルトのコギトが実在の証明ではないと言わねばならない。それは私的言語の枠を出たものでもない。そこで、デカルトは「省察」では「方法序説」において自我存在の根拠としていた神の存在をもう一度証明しなければならなくなっている。逆に辿れば、神が存在しなければ、「我」も存在しないことになりかねないからである。

一見すると、「方法序説」では、「我」とは他者に対する関係構造においても、自己を実体として示したかのように「我あり」と述べられるが、百歩譲ってそのような言い方が許容されたとしても、そこで言う「我」とは何かは誰一人として他者からは了解できない。我ありが言えたかのように錯覚されたことによって、実際、それは私的言語としては言えたのであるが、すべての実在についても、神の存在が確認されたかのように論じられ、内在と超越が混同されている。しかも、神は人間の認識を裏切らないからというドグマによって、他の実在のすべてを疑いから解放したかのようにすべてを肯定することへと転じたのである。

◎コギトとヤハウエ
ところで、デカルトの言う神は西洋カトリックの神であるが、その神はキリスト教の母宗教であるユダヤ教においては、その名はヤハウエである。この名は「我あり」を意味する。「我思う、ゆえに、我あり」の「我あり」は紛れもなく神の名と偶然にも同一である。
ここで少し考えてみたいのだが、我々が自分について語る場合は「私は男性です」、「私は女性です」、あるいは「学生です」、「教員です」という具合に様々な述語を連ねるのが通常である。そうでなければ、私について説明したことにはならない。ところが私は何々である。私は云々であるという言説を限りなく付け加えても、私が何であるかを語りきることはできない。なぜなら、私とはそこに現前する私という実体は私が私に対して関係する意識であり、私は何々であるという述語の中で私という実体は表現され得ないからである。(*注:ヴィトゲンシュタインの「論考」について考察する。「語りえないもの」)

あるいは、時と場合によっては「私は20歳です」と言うだけで、社会的に成人として扱われるということがあったり、私は女性ですというだけで、必要とされた事柄が了解されることもある。だが、これはそこにある状況の中で求められている私というもののラング内でのコードが発語者と発語を受ける者との間で了解を成立させている。すなわち、コード化ができているいうだけのことに止まる。けっして、私の実在を了解させたり、されたりが生じたわけではない。だから、私について実体と同一の私を語るとすれば、それは「私は私である」と言わねばならなくなる。 旧約聖書「出エジプト記」では神の名が表明される。BC1300年頃、エジプトのラメセス2Cの時代。ユダヤ人はエジプトで奴隷であったが、モーセに率いられてエジプトを脱出することになった。その際の神とモーセとの対話が記されている。

3:13 モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」
3:14 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」
3:15 神は、更に続けてモーセに命じられた。「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。これこそ、とこしえにわたしの名/これこそ、世々にわたしの呼び名。

YHWHと記される神の名は現代ではヤハウエと読む。この名はヘブル語の「ある」という動詞(ヤーハー)が語源だと考えられている。それゆえ、「私はある」とは神の名である。これはユダヤの神観を表わしていると言えよう。

イスラエル民族は、紀元前1300年頃のモーセの時代にはエジプト永住がかなわず、アブラハム時代からの約束の地であったカナンの地(パレスチナ)へ向かうことになった。それゆえ、イスラエル民族は遊牧の民として約束の地へ向かったのである。遊牧民であったイスラエル民族は本来、農耕民のようにひと所に居住しないので、神殿のような建物を持たなかった。後に、カナンすなわち現在のパレスチナへと侵入し、やがては国家を建設し、そこで建てられたのがエルサレム神殿であった。

彼らにとって、神は目で見ることができない存在でありながら、同時に存在の本質に直結する存在でもあった。それが出エジプト記の神のイメージである。そのイメージはこの世の何者によっても再現されないものであり、また、何かに置き換えることも出来ないのであるから、述語化されないのである。だから神の名は述語化なしに名となる。それは神存在はいかなる述語(カテゴリ)にも置き換えられないということを意味する。だから、YHWHは「私はある」となる。因みに以前の口語訳聖書の訳文では「私はあってあるもの」(出エジプト3:14)と訳されていた。説明的ではあるが、意味としては分かりやすい。神は自らを存在としての自ら存在せしめる存在なのである。

神は述語化されない存在であるということは、神について何ら直接的に表現を成立させることができないということでもある。神は絶対的な主体存在であるから、我々は神を述語化して認識することが不可能であり、また、神を知る場合にも何らかの述語によって知るのではなく、「私はある」を感受する必要がる。また、述語化するとはキェルケゴールの言葉で言えば、概念化することであり、それは神を理性によって措定されうる概念以下のものに置き換えることとなる。すなわち、概念化を経た神は理性以下の存在に措定され、そこでは人間の方が優越することになる。

◎論証とは何か
論証につきまとうのは常に何事かをカテゴリー化することである。しかし、カテゴリー化は常に一定の側面に対応した区別であるから、実体そのものを表すことにはつながらないのである。例えば、線分とは点の無限個の集合であるとしても、点をいくら集めても、線分とはならないように、述語は質的に主語とは異なるのである。異なるものを列挙しても質的には異なるものでしかない。いくら説明を尽くしてカテゴリを述べても、「我」について語りきることはできない。カテゴリとしての「我」は実在としてある「我」とは質的に異なるのである。よって、神がどこまで行ってもカテゴリ化されないように、「我」もカテゴリ化されないのである。

実在についてはカテゴリ化できないということについて、キェルケゴールは次のように言う。「実在、それを私は言語では表現できない。というのも、それを指し示すためには、理念性を用いなければならないが、これは矛盾であり、真理ではないからである。しかし、どのようにして直接性は無効にさらされるのであろう。間接性を前提とすることによって直接性を無効化する間接性を用いることによってである。では直接性とは何であろう。それは実在である。間接性とは何であろう。それは言葉である。言葉がどのようにして現実性を無効化するのであろう。それについて語ることによってである。・・・・・・言葉とは対立であり、矛盾にほかならない。」(『ヨハンネス・クリマクス、あるいは一切のものが疑われねばならぬ』より)

キェルケゴールにとって、理念性とは概念性であり、概念は理性によって把握されることによって形成される。しかし、神の存在についての認識はそもそも人間を超えた存在についての認識であるから、概念は神の存在に到達できない。すなわち、概念化することによって、既にその客体である神を概念以下のものへと格下げしているのである。そこで把握されるものは既に神でもなければ、実在でもないことになる。

よって、キェルケゴールは伝達についても間接的伝達と直接的伝達とに分けて論じるのである。間接的伝達とは言語による伝達であり、言語は発語者自身の意思や感情の表明や表現である。あるいは、事柄の伝達においては、言語は常に事象との媒介であり、再表現、すなわちメタファーであったりイメージの再表現なのであって、言語自体は事柄自体とはなりえないのである。すなわち、真理そのものではないのである。それゆえ、事柄の描写である伝達においては言語は間接的伝達としてしか機能していないのである。もし仮に、直接的表現としての言語をあえて想定するとすれば、それは詩的言語であり、堀はそれを言語芸術と呼びたい。それは表現ではなく、言語自体が何かを代弁するのではなく、それ自体が意味そのものであるような言語の用法に基づくものである。しかし、通常はそのような言語の直接性は存在しない。言語は再表現による伝達、すなわちカテゴリ化を担っている。たとえ自らの意思と思考を示す発語であっても、厳密には発語された言語は意思と思考を再表現するものとなる。言語は思考の道具となることはあっても、直観の道具ではない。それゆえ、言語は直接的伝達の道具とも成り得ないのである。

(ここで気になるのは、西田哲学との関係である。キェルケゴールの言う「直接的」とは、実体に対して直観する認識であるとも理解される。そして、人間の言語による表現は実体を直観することと乖離していると思われる。そのことは、西田哲学で言う直接経験、純粋直観と極めて近いと言わねばならない。これについて章をあらためて論じる。)

 

 


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